画家ヨハネス・イッテンの授業

バウハウスで予備教育を担当した画家ヨハネス・イッテンは色彩学を構築した理論家であった。授業で「歴史上の名匠の分析」を行った。ドイツの代表的な画家グリューネヴァルトの「嘆きのマグダラのマリア」を題材に生徒に模写をさせた。「ヨハネの福音書」によると、イエスが十字架に掛けられた時に高弟たちは自分たちも罪を問われるだろうとして逃げ去ったが、マグダラのマリアはイエスの母マリアと共に、嘆き悲しみ、イエスの死を見ていた。生徒たちは模写の筆をすぐに進めたが、イッテンは「お待ちなさい、マグダナのマリアと共に悲しみなさい、それでないと本当の芸術はできない」と諭したそうである。小生が高等学校2年の時のドイツ語の教師であった坂崎乙郎が授業から脱線し、「わが子を戦争で失った母親が描いたわが子の像はどんな有名画家が描いた母親の子の像よりも真に迫るものがある」と語り、挨拶もなしに教室を出て行ったことが印象に残っている。

(田中辰明 お茶の水女子大学名誉教授)

2021年6月23日