BRUNO TAUT -青雲の志と現代-

お茶の水女子大学名誉教授 田中辰明

※2023年4月11日Dr. Lehnertの講演内容と同じものです
※動画は別ウィンドウで開きます

BRUNO TAUT -青雲の志と現代-(YouTube)


ブルーノ・タウトは、シュッツトガルト大学教授であったテオドール・フィッシャー設計事務所で1904-1906年の間修業しました。1906年に師匠フィッシャーが受託した仕事「ウンターレキシンゲンの教会」の改修工事を任され、完成した後独立しました。1906年にコーリンのヘドヴィック・ヴォルガストと結婚、ベルリンで設計事務所を営みます。1910年にドイツヴェルクブンドに入会し、バウハウス初代校長のヴァルター・グロピウス と交流しました。1927年、ドイツは第一次世界大戦で敗戦し、タウトは著しく低質となったドイツの住宅を向上させようと、ドイツヴェルクブンドが行った「ヴァイセンホーフジードルングの住宅コンペ」に参加し、住宅を設計しました。タウトは常に「環境に配慮」した設計をおこなっています。
タ ウトの孫であるクリスチーネ・シリーの夫オットー・シリーは、タウトの環境に対する考えを高く評価し、緑の党を立ち上げた政治家。その後ドイツ社会党に転籍し、内務大臣として環境政策を推し進めました。

2023年12月14日